休日に空が晴れ渡っていると、やはり撮影に出かけたくウズウズします。ただ、若いころ(20代とか30代とか)のようにはいかなくて、知らない間に体力を消耗してダウンしてしまうので、“加減”スキルを身につけなければなりませんが。
(もともと活発な性分ではなかったんですけどネ)
なもんで、先日万博記念公園でめいっぱい撮影楽しんできたことも考慮して、ランチに行ったついでにサラッとどこかで撮影をしようと、旦那が提案してくれた場所は、『大阪城公園』でした。
時間的には一時間半ほどで、歩いた距離はさほど長くなく、『青屋門』~『京橋口』までの、大阪城公園内北側一部だけです。
で、今回は、大阪城をどのような構図で撮るか、をメインにK-70ちゃんを構えました。
左手に極楽橋を写しこませた構図、
内堀の水面キラキラを右下に合わせた構図、どちらも右上の葉がウルサイ感じに^^;
こちらは、構図自体はそんな悪くないと思うのですが、
太陽の光にレンズを向けすぎて反射、白いものが右下に映り込んでしまっています。
今日はいつもと違って昼過ぎに出かけたので、大阪城公園に着いたときは太陽が西に傾きかけていた頃合い。陽の光がどのように射しているかをもう少し考えた構図にすべきでした。
日々、勉強です。
『京橋口』に近づくと、大きな岩が眼前に。
『肥後石』と呼ばれるらしいですが、これ、どうやって運んだんだろう。
独特の門構えです。素直な真正面構図で。
少し歩くと、地図表記が『大阪城』とあり、面白くて撮影。
すると、旦那が「ここ、軍需工場やったんやな。。。」と呟き、思わず神経がピリッとするわたし。
確かに、『大阪砲兵工廠』の正門と記されていました。
天満橋駅へ向かう道中の歩道橋から振り返って見える大阪城の手前左側が、廃墟となった『化学分析場跡』です。
家に帰ってから、ネットでいろいろと調べました。大阪城を取り囲むようにして在る公園一帯は、旦那の言うように軍需工場で、第二次世界大戦の敗戦直前にB-29の爆撃を受けて多大な被害が遭ったこと。わたしが小学校にあがるくらいまで、そのあたりは手つかずの状態であったことなど…。
『化学分析場』が廃墟となったままなのは、不思議ですが。どうせ残すならば、もう少し綺麗に保っててもよいのではと。
歴史には興味ない、っていうスタンスでしたが、日本人として“無知”であっていけないこともあるんだな、と、少し身に染みた日でした。